ご案内
 ご覧いただきましてありがとうございます。月曜日から金曜日の朝に、当教会の担任牧師である松本牧師からのメーセージをお届けしています。
 この度、「日々のみことばのページ」は高座教会のホームページに移行することになりました。
2018年7月分からは 日々のみことばをご覧ください。
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2017年12月29日

これからもキリストにつながって

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。
わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネ15:5)

 今年1年、主に守られて、最後の日を迎えることができました。
 様々な所で争いが起きている現在、戦争ということについて、平和についていろいろなことを考えさせられた一年でした。キリストにある平和を求め続けていく私たちでありたいとの思いを篤くさせられた年でした。

 ある日、イエスさまはベタニヤにマルタとマリアを訪問されました。姉のマルタはおもてなしのことで夢中になりました。
そうした彼女に対して「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。」と言われたのです。
昔の聖書ですと「無くてならぬものは一つだけ」とありましたが、そのマリアが選んだ「無くてならぬもの」とは御心を行なうということでした。
 ぽかぽかの小春日和の柔らかい日差しもレンズによって焦点が絞られる時、物を燃え上がらせるエネルギーとなります。
同様に御言葉と祈りによって神さまの御心に焦点が絞られていく時に、私たち自身の罪深さ、弱さにもかかわらず、それを赦す神さまの心の大きさ、愛の深さ、恵みの豊かさに心がフォーカスされ、恵みと平安で心が満たされていくのです。
 そして、このフォーカスされた人生を送るために、イエスさまは「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。
わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」と常に語り掛けてくださっているのですね。

 2018年に向けて、いってらっしゃい!

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2017年12月 | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

新しい年を迎える備え

「よく聞きなさい。『今日か明日、これこれの町へ行って一年間滞在し、商売をして金もうけをしよう』と言う人たち、あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。
あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません。むしろ、あなたがたは、『主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう』と言うべきです。」
(ヤコブ4:13−15)

 先日、新しい手帳を買ってきました。神さまからいただいた時間を賢く管理し用いていくための手帳です。
 よく「優先順位をつけて」と自分に言い聞かせながら、「必ずしも、やりたいことではなく、なすべきこと」を優先できるように、自己訓練をしながら生きているのが現実の私たちですね。
 私たちの多くは、行き当たりばったりではなく、個人差はあるでしょうが、「明日」のために、それなりの計画や見通しを立てて生きているように思います。
 ところで、2018年を前にあなたは「来年は勝負の年にしよう」と思っておられるかもしれませんね。でも、どうでしょう。
今年も色々なことがあったように、私たちの想定を超えるような出来事の方が多く起こるかもしれません。また、計画を立てたとしても意志の弱さから、なかなか思うようにいかないこともあるでしょう。
 考えてみますと計画を立てる場合、そこには大切な「想定」があります。それは明日も生きているとか、今日と同じような明日である、というような「想定」です。
でも聖書ははっきりとそれを否定します。明日は分からない。それは主の御手の中にあると。
 つまり聖書は、「あなたの2018年は神さまの御手の中にある」と教えるのです。でも、その神さまは意地悪なお方ではなく、慈しみ深くあなたの最善を願うキリストの父なる神さまです。
ですから安心して新しい年をこのお方の御手に委ねることができるのですね。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2017年12月 | 更新情報をチェックする

2017年12月27日

沈黙して主に向かえ

「主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。主に自らをゆだねよ
主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい あなたの正しさを光のように あなたのための裁きを、真昼の光のように輝かせてくださる。
 沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や 悪だくみをする者のことでいら立つな。」(詩編37:3−7)

 先週、私は、クリスマスのメッセージの準備に追われる毎日を送っていました。その時に与えられた御言葉でした。
 私たちは神さまのことを、天の問題解決者、願いを叶えてくださるだけのお方として受けとめていることが多いかもしれません。
ですから、問題がなかったり、特に願い事もなければ、神さまに祈らなかったり、祈っても形ばかりの祈りになってしまうことがあります。
 でも、今日の詩編を読む時に、詩人は、神さまのことを、単に、問題を解決し、願いを叶えてくださるだけのお方ではなく、
詩人の言葉を使えば、「主を待ち焦がれよ」とありますが、待ち焦がれるような、愛しい方として、神さまを伝えていますね。
 人間関係でもいえることですが、お願いする時にだけ連絡を取る関係でしたら、豊かな交わりは深まらないことでしょう。神さまとの関係も同じなのではないでしょうか。
 神さまは聖書を通して、あなたにご自身のことを語っておられます。あなたの心に願いがあるように、神さまの心にも願いがあります。ご計画があります。悲しみや痛みもあります。
もしかしたら、その悲しみや痛みの原因が、私にあるかもしれません。
 詩人は「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ」と勧めています。この年も、あと数日で終わろうとしています。
 今日どこかで時間を取って、「沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ」との詩人の勧めに応えてみてはいかがでしょうか。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2017年12月 | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

主に期待する

「イエスは立ち止まって、盲人をそばに連れて来るように命じられた。彼が近づくと、イエスはお尋ねになった。『何をしてほしいのか。』
盲人は、『主よ、目が見えるようになりたいのです』と言った。そこで、イエスは言われた。『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った。』」
(ルカ18:40−42)

 1人の盲人がいました。埃っぽいエリコ街道の道端で行き来する人に物乞いをして生計を立てていました。
 ある日、彼は大勢の人が移動する地鳴りのような音を体全体で感じ取ったのです。訊けば、「ナザレのイエスのお通りだ」とのこと。
毎日、そこに座っていて、行き来する人々が語る噂やニュースを誰よりも先に耳にしていましたから、「ナザレのイエス」と聞いた途端、〈イエスさまがお出でになる。ぜひ、そのお方に祝福していただきたい〉と考えたのです。
 彼は人々の制止を振り切って、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と大声で叫びます。叱りつけ黙らせようとしますが、聖書は「ますます、『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続けた。」と伝えています。
 そしてイエスさまが彼を御許に呼び寄せられました。そして、一言「何をしてほしいのか」と質問された、というのです。

 今、あなたの目の前にイエスさまが来られ、あなたをじっと御覧になった上で「何をしてほしいのか」と尋ねられたら、どう答えますか?
 自分自身の限界を知っているが故に、もう自分に期待することはしない、という人もあるでしょう。でも、ここでイエスさまは「あなたが自分に期待しないのは結構。でも神である私に何を期待しますか」と問うているのです。

 聖書は神さまの約束の言葉で溢れています。神さまは、受けることより与える祝福の方が数倍、いや何十倍も素晴らしいことを私たちに体験させたいのです。それをへりくだって祈り求めていこうではありませんか。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
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2017年12月25日

クリスチャンの幸い

「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
(ルカ1:45)

 先週、クリスマスの説教の準備をしながら、改めて教えられたことがあります。それは、「神さまが約束されたことは、必ず実現する」というのが、クリスマスを通して与えられている大切なメッセージの1つだ、ということです。
 キリストがベツレヘムで生まれることも、ダビデの家系に生まれることも、そうした1つひとつの出来事が、イエスさまがお生まれになる千年以上も前から預言されていました。
 マリアが、キリストの宿ることを受け入れた後、マリアは親類のエリサベトを訪問しました。このエリサベトは、洗礼者ヨハネを宿した女性です。そのエリサベトがマリアと出会った時に、胎内のヨハネが喜んで踊ったそうです。
その後、彼女はマリアに向かって、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」と称賛しているのです。
 私たちクリスチャンの幸いの1つは、「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じること」です。
さらに幸いなことに、おっしゃったことが必ず実現するだけではなく、最善のタイミングで実現するのが、「主のおっしゃったこと」であるという御言葉の約束です。

 ところで、マリアは、キリストを宿すという約束をいただきました。その約束をいただいた直後から、その約束実現に向けて、自分の体はもちろん、胎児のイエスさまが健やかに成長するようにと、努めたことだと思います。
 今年、あなたは、どのような御言葉の約束をいただきましたか? 約束をいただいた後、あなたの生活に何かの変化が起こりましたか?
 一年の恵みを振り返り、感謝と共に、神さまにお詫びすべきことがあるならば、それを素直に申し上げ、神さまとの関係を整えていただいて、新しい年を迎える備えをしていきたいと願います。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2017年12月 | 更新情報をチェックする