ご案内
 ご覧いただきましてありがとうございます。月曜日から金曜日の朝に、当教会の担任牧師である松本牧師からのメーセージをお届けしています。
 このメッセージはメール配信も行っています。登録を希望される方は、お名前とメールアドレスをご記入の上、devotion#koza-church.jp (#を@に置き換えてください)まで、メールでお申し込みください。

2018年04月23日

あなたにとっての「バルナバ」はだれですか?

「鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される。」(箴言27:17)
 
 使徒パウロという偉大な伝道者の背後にバルナバという先輩クリスチャンがいました。バルナバはパウロを愛し、励まし、支えました。
意見の対立があり、共に宣教していた2人が別の道を歩むことになりましたが、そのようなことがあったとしても、パウロはバルナバによって育てられたと言っても過言ではないでしょう。

 ところで、教会の小グループ活動の中で「バルナバ・ミニストリー」というカタカナが使われていることをご存知ですか?
 これは、バルナバがパウロを愛し、励まし、支えたように、私たちも定期的に交わる時を持ち、互いの成長のために祈り合う交わりのことです。
社会ではそうしたバルナバのような役割をする人を「コーチ」と呼んだりします。
有名なスポーツ選手には必ずコーチがいます。例えば現在、調子が今一つのタイガー・ウッズにもコーチがいます。そのコーチはウッズに代わってプレーすることはしませんし、プレーさせたらウッズより上手なわけでもないのです。
ただウッズが彼自身の才能を少しでも引き出せるように、問いかけ、励まし、支える役割がコーチの役割です。
同じように「バルナバ」もアドバイスする人ではありません。「バルナバ」の役目は、それぞれがキリストに似た「その人」になるように、神さまから与えられた独自の使命を生涯かけて全うして生きることができるように支え、祈ることです。
小グループの交わりの中で、私たちは互いの「バルナバ」になるようにと神さまは望んでおられることを、ご存知ですか?

 今のあなたは、どなたの「バルナバ」になるように導かれていますか? あるいは、あなたには「バルナバ」のような信仰の友がいますか? この2つのこと、祈り求めてください。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2018年04年 | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

幸せな歳のとり方

「白髪は輝く冠、神に従う道に見いだされる」(箴言16:31)

 先日、ある姉妹から「先生、白髪増えましたね」としみじみと言われました。
 駆け出しの牧師の頃、白髪を見つけると喜んだものです。若造で駆け出しの私は人生の先輩方の心の琴線に触れるようなにお話ができなかったのでせめて髪の毛でもと思ったからです。
でも、いつの間にか歳はとるし白髪も増えるものですね。

 歳をとると力が衰えます。人のお世話になることも多くなり、生きがいや心の平安を見失うことも起こります。でも聖書は、そうした中でも「白髪は輝く冠」のような生き方があることを教えています。
 それは、必要なものを自分で獲得し、ため込んできたもので生きていく生き方ではなく、必要なものや足りないものを、まず神さまに祈り求めるという生き方です。

 レストランに行くと水が出されますね。その水を飲むと、レストランの人が来て綺麗な水を注いでくれます。また飲み干すとまた注いでくれる。必要なものを神さまに祈り求めるとは、こういうことではないかと、ある先生は話しておられました。
 空っぽになって「何もありません」と言うと、神さまは恵みの水を注いでくださいます。 ですから、神さまに求める。言い換えれば、祈ることです。祈ることでしたら、どこででも、横になっていてもできることです。
 そして、もう1つ。聖書の言葉を少しずつでも読むことです。聖書の言葉で心のコップが満たされるためです。そこには次のような恵みの循環が始まります。

 《神さまが生きがいを与えてくださる》 → 《生き生きとしてくる》 → 《心に満足と平安が満ちてくる》 → 《人が周りに集まってくる、またイエスさまも一緒なので淋しくない》

 聖書が説く「白髪や輝く冠、神に従う道に見いだされる」というのはこういう生き方です。ぜひ、神に従う道にとどまり、輝く歳のとり方をしていきましょう。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2018年04年 | 更新情報をチェックする

2018年04月19日

心の貧しい人は幸い?

「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」(マタイ5:3)

 ある時イエスさまはおっしゃいました。ガリラヤ湖畔の丘の上に人々を導き「幸いである! 心の貧しい人々は! 天の国はその人たちのものです!」と語り始めました。ここで「貧しさ」とは「心の貧しさ」であると言われています。
自分がいかに心貧しい者であるかを深く知らされる時、私にとって、救い主がどれほど必要であるかが初めて分かるようになります。

 またある時、「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と語られました。
 それは、その直前に、自分の持ち物と仕事を第一優先にして歩む裕福な青年に出会っておられたからです。
彼にとっては仕事が全て、お金が全てで、そこに最高の価値を置き、イエスさまに従うことは二の次でしたから、結局、イエスさまに従うことができませんでした。

 ところがどうでしょう。同じように金持ちであったザアカイという人とイエスさまは出会っておられます。2人とも、人生のある時点まで、そのことに価値を置いていたので、お金持ちになったわけです。

 では2人の一番の違いは何でしょう? それは「心の貧しさ」にありました。
 ザアカイは徴税人という仕事柄、「罪人」扱いされていました。人がうらやむほどの豊かさがあった反面、心の深いところで飢え渇きを経験していました。お金で満たそうとしても満たされない心の渇きがありました。
ザアカイは、その「心の貧しさ」ゆえに、その貧しさを、悲しみを、飢え渇きを、本当の意味で癒してくださるイエスさまに出会うことができたのです。

 あなたは飢え渇いていませんか? その飢え渇きをもってイエスさまに近づけるからこそ幸せなのですね。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2018年04年 | 更新情報をチェックする

2018年04月18日

「敵」と思える人のためにまず祈るところから始めよう

「わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。」(マタイ5:44−45)

 ある人が「今までの人生で最も嬉しかった言葉は何ですか?」と訊かれました。するとその人は、「あなたがここにいてくれて本当によかった」と答えたそうです。
 聖書を通して神は「あなたがここにいてくれてよかった」と温かく語り掛けておられます。他人からすれば大いに迷惑かもしれないこの私ですが、
神さまは「大切な者、愛すべき者、イエスさまを飼い葉桶に誕生させ、十字架という代価を払ってまでも自分の宝としたいと思うほどに大切な存在」として生かしてくださっていることを知らされます。
 そのことに気づき、驚きと共に畏れを覚えるのです。私をご覧になって微笑んでおられる御顔に触れ、心に喜びが湧いてくるのです。そこまで思ってくださるお方がいるならば、自分を大切にしようと決心させられるのです。

 ところで、日常生活で「敵」と言わないまでも、職場や学校や身近な人間関係の中で、付き合いの難しい人と出会うことはありませんか?
 そうした人とは、どのように接したらよいのでしょうか? イエスさまは、まず祈りなさい、と教えています。
 相手が変わることを求める前に、まず祈ることで、神ご自身にあなたの心を向けなさい、と勧めてくださるのです。すると、不思議なことに、神さまが、あなたにとって「敵」と思える人をどのように考えておられるかを知るようになります。
もっと言えば、その人に対する慈しみ深い御心に触れる経験をするのです。

 そうです!実に神さまは、あなたにとって「敵」と思える人のためにも十字架にかかって下さったのですから!

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2018年04年 | 更新情報をチェックする

2018年04月17日

ノミの実験でわかったこと

「そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、」(マルコ3:14)

 以前、息子の部活の保護者会でこんな話を聞きました。
 ある人がノミの実験をしたそうです。本来ノミは1メートルジャンプする能力を備えた虫だそうです。
 ところが、そんなノミでも、60センチの箱の中に入れておくと次第に60センチしかジャンプできなくなるそうです。そして箱のふたを取った後も、60センチしかジャンプしません。
 では、そのようになったノミを、どのようにして1メートルジャンプするだけの本来の能力を回復することが可能でしょうか?

 1つだけ方法があります。それは、1メートル飛ぶノミと一緒にしてやるのです。そうすると、1メートルジャンプするノミに影響を受け、60センチしか飛べなかったノミも、そのうちに1メートルジャンプするようになるそうです。不思議ですね。
 顧問の先生は、人間もこうしたノミと同じで、本当に周囲から影響を受けやすい存在なのだ、と話していました。また続けて、こんな話もされました。

 脳科学の研究によると、人間はほっておくと、言い換えれば、意識しないでいると、必ず3つの傾向に陥ってしまうそうです。

 1.ネガティブな発想になる
 2.出来事をピンチと受けとめる
 3.自己中心的になる

 でもノミの実験で明らかなように、あなたの周りに「1メートルジャンプできるノミ」のような友人がいると、その人の影響を受け、ポジティブな発想になり、出来事をチャンスと受けとめ、周囲の人に貢献するような人に変えられていくのだそうです。
 さて、イエスさまが12弟子をお選びになった時の目的が聖書に出て来ます。それは「彼らを自分のそばに置くため」でした。
 イエスさまは御自分の生き方を見せることによって、彼らも主に倣う者へと造り変えようとされたのですね。
 今日、あなたはどなたのそばでジャンプしますか?

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘
posted by 高座教会 at 06:59| 2018年04年 | 更新情報をチェックする